メタファーの境界

30代になった女の日記です。日常の肥溜めの上澄みみたいな感じ。

「この世界の片隅に」のトークショーと表現の意図するところ。

映画の具体的なネタバレは大してしていません。


映画の「この世界の片隅に」観に行きました。原作は読んでいないのですがすごくよかったです。
1月の終わりに監督さんのトークショーもあったので行ってきました。

これです。
http://risseicinema.com/archives/19652
ちなみに立誠小学校っていう、閉校になった小学校が会場です。すごく寒い。

 

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当日の朝の様子。整理券待ち。

 

トークショーですが、個人的には正直ちょっと期待はずれでした。
内容は作品をアニメーションにするにあたり気をつけたこと(話しているキャラクターとカメラワークの関係とか)、徹底して時代背景を調査し反映させて描いたということ(あるシーンで汽車の窓を閉めたのは何故か?その裏話)とか。とにかく「戦時中の日本(呉市周辺)はどんな感じだったのか」って内容が大きかった。それはそれで興味深かったのですが、私が聞きたかった主人公の心象表現とか作品のコンセプトについては言及がありませんでした。
まあでもその辺は原作者の人が温めてることなんだなと思って納得。

 

トークショーが終わった後に感想をツイートしたら、珍しくリツイートが何件か来ました。
ツイートしたのが反戦の内容っぽかったので当たり前なのかもしれないけど、リツイートした方々の中に日本大好きな人たちが何人かいてて、そういう人たちの主張に私のツイートが紛れることが自分の中で「なんかちがうな」となったのでした。

 


表現は表現者の意図したように相手に届くわけではないのは当たり前で、今まで自分が何かつくったとき、自分の思っていることと違うことが鑑賞者の感想でも「それはそれでいい」どころか、それが表現の醍醐味のように思ってた。けど、今回は初めてそのズレが気持ち悪かった。画塾の先生も教授も「いかに自分が思っていることを伝えることが重要か」って話をしてたけど、初めて「結構大事だな」と思った気がする。


気持ち悪かったのは多分、社会的な主張だから。
個人的な内容で作品つくってる時はどう捉えてもらってもただの個人差だったけど、社会的な主張が絡むと「ちがう」って言いたくなるんだな。先生たちの言ってたこと、当時は古臭いなーってちょっとバカにしてた。見直した。

 

 

(・ω・)

 

 

私が「この世界の片隅に」のトークショーまで観に行った理由は、戦争物なのに「戦争の悲惨さ」に主題を置かず、もっと普遍的な「生きていく事の無情さ」みたいなものをテーマにしていると感じたからです。

 

こないだ「桐島、部活やめるってよ」って映画観たけど、テーマにしている事はあの映画と近いと思った。アイデンティティにまつわる話。「この世界の片隅に」は戦争をそのテーマの材料にしているのが新鮮で興味深かった。

 

でもこれも、監督からそういったことの言及がないあたり、私の曲解かもしれないんだよな。
私も自分の都合の良いように表現を受け止めているのかもしれない。

 

(・ω・)


まだ原作を読んでいないので読んだら感想が変わるかもしれないね。

 


私の受け止め方は曲解かもしれないけど、「この世界の片隅に」すごく良かった。十分話題だけどおすすめ。
こうやっておすすめする行為はまるで私をリツイートした人たちのロールプレイだな。笑

 

みんなあの作品観てどんな感想を持つんだろ。
やはり「戦争はよくない」なのかしらね(・ω・)