メタファーの境界

20代女の日記です。日常の肥溜めの上澄みみたいな感じ。

ものが壊れたら捨てるということ

スマートフォンが壊れてしまった。2015年から使ってるiPhone5sのゴールド色。アップルケアがまだ付いている時に1台壊していて二代目。半年前新潟県で暮らしていた時、凍ったアルファルトに落として叩きつけてしまったのがきっかけ。パーツが欠けてヒビが入り、画面がくっついてるパーツが半分浮いた状態になってしまった。いつまでもつかなと思ってたけど、今日とうとう液晶がぶよぶよ表示されるようになってしまった。

 

 浮いた画面をペコペコ押したらなんとか蘇生したので、ずっとサボっていたバックアップを急いでiTunesから取った。念のためアプリのユーザー登録を一通り確認して、LINEの引き継ぎ方法を調べてトーク履歴をiCloudに保存した。今は机に置いてるからそっと触れば動いてくれるけど、ちょっとの振動でまた液晶がぶよぶよしてしまう。もう時間の問題だ。あの時の不注意がなければもうちょっと使えただろうに、ごめんね。

 

先日駅のホームで電車を待っていたら、傘の取手がパキリといい音を出して折れてしまった。実家から持ってきた和風の黒地花柄の傘で、留め具のマジックテープが付かなくなっても懲りずに使っていた。潮時かなと思って新しい傘を買った。

そのちょっと前に3年使ったデニム生地の紺色のカバンを捨てた。色褪せて擦り切れてた部分もあったのをこれでもかと使っていたのだけど、こないだ体調を崩してもどした時に少し汚してしまって、洗ったけどこれも潮時かなと思って捨てた。

 

ものが壊れたり、壊したりすると時間の経過を感じる。過ごしてきた日々の、私が覚えきれないことをものが覚えてくれている気もする。傘を捨てれば、その傘にまつわるエピソードを思い出しにくくなる。それは記憶の一部を捨てているようにも感じられて、少し悲しい。自分とものの区別が付いていないのかもしれない。でもやっぱり捨てる。「壊れたものをずっと持ってても邪魔」と「思い出」を優先度の天秤にかけたら大抵の場合前者が重いからだ。そうやってこれまでの自分を易しく殺している。

  

私が大事に残そうと試みているLINEのトーク履歴も、もう用事は済んでいるのだし、客観的に見れば無くてもいいものだ。実際にAndroidからiPhoneに移った時に引き継げなかったトーク履歴の内容は忘れてしまったし、忘れて困ったこともない。いつか和風の黒地花柄の傘を雨の日にさしていたことも、デニム生地の紺色のカバンひとつで外国に行ったことも忘れてしまうんだろうな。4年使ったiPhoneもきっと明日ジーニアスバーに辿り着く前に役目を終える。でもそれらは健全なことなんだろう。

 

 

 

エスポワール

エスポワールという名前のマンションに住んでいる。初めて一人暮らしをするにあたり住み始めたマンションで、家賃2万9千円の激安物件。正社員で働き始めてまだ収入が不安だった頃、会社の近所に住もうと決めて、不動産会社のサイトを一ヶ月張り込んで新しく出てきたこの物件を見つけた時、すぐさま問い合わせメールを入れたのをよく覚えている。

 

 隣の大学生の男の子は今風のお名前で、神戸出身の専門学生。早朝のアルバイトをしている。新年度の始まりに様子を見に訪ねてくる彼のお母さんは声が大きくて、お兄ちゃんはいびきがうるさい。よく来る青い自転車のお友達は彼の良き理解者のようで、いつも静かに二人でテレビゲームをしている。しかし私は隣の男の子と挨拶すらほとんどしたことがない。それぐらいの壁の厚みでよければ、家賃は2万9千円で済むということがわかった。

 

初めて実家を出て一人暮らしをしたこともあり、この部屋を起点に初めて経験したこともたくさんある。夜中に出かけたり、友達を泊めたり、黒い冷蔵庫を買ったり。いちいち「夕飯いりません」の連絡をしなくていいことや、お風呂の順番を気にしなくていいことがなかなか快適であることも知った。初めてできた恋人を部屋に呼ぶのも実家では憚られただろう。

 

街にも依存している。観光地なので物価が高いのかと思いきや、これまた激安スーパーが周辺に2件ある。駅も近くて、一押しの大好きなパン屋も、おしゃれで安くしてくれる花屋もある。スポーツジムも図書館も近所だし、なんなら世界遺産もある。治安も文句がない。繁華街にも自転車で15分あれば出ることができる。

 

無職になったり非正規雇用になった時も家賃が払えなくなることはなかったし、ほんの少しは貯金もできるし、やりたいことにも投資できる。最寄駅が無人駅の実家にいると街まで出てくる交通費だけでそこそこかかるし、利便性のいいところに住むメリットはここまでのものなのかと思い知った。もう実家に帰るという選択肢はないに等しい。私にとって家賃2万9千円のこの部屋はなくてはならないものになった。

 

 

 
私はまた無職になっていた。ハローワークに通ったり求人サイト見たりする中、大学の先輩が企画した食事会に誘われた。来ていた教授に「いま無職なんです」と話すと「仕事あるわよ」と教え子のラインとその人がいる会社を紹介された。その人とやり取りをして「雑談ってことで」と誘われ会社まで赴くと、50歳ぐらいの男性が出てきた。少しキラキラした感じの人だった。初対面で下の名前で呼び捨てにされそうになって、ちょっと引いた。業務内容はアパレル系のデザイン職で、私の職歴やスキルで十分通用するらしい。トントンで社長とも顔合わせして「マッチング期間ってことでちょっとバイトする?」となり、ほぼ内定が決まった。

 

その会社まで電車で1時間半。通えなくはないけど、交通費支給の範囲からははみ出してしまう。そういえば部屋の2年更新の返送用書類がポストに届いていた。転居するか?いやいや、まだ近所の会社の選考も残ってるし、転居するにしても契約満期が7月3日だから、ギリギリまで決断を延ばせないだろうか。そう思って管理会社に電話してみたら、「待つことには待てるけど、退去予告は二ヶ月前までに通常欲しいので、ギリギリで退去する場合は違約金で家賃二ヶ月分を現金で立ち会いの時に払ってほしい」とのことだった。家賃二ヶ月分と更新料はほぼ同額だった。6月2日までに退去予告をしたら違約金は家賃一ヶ月分で済むとのことだった。

 

どうしよう。あのキラキラして下の名前で呼び捨てしそうな人が上司か。一方、近所の会社の業務内容は企画。そこは興味が持てるけど、これまで私がやってきたのは企画デザイン職だ。この会社は企画とデザインが住み分けされており、入社したら今後はデザインには携われなくなる。それに、面接では余裕がなくて忙しそうな印象だった。勤続12年目だと言った女性から笑顔が全く返ってこなくて怖かった。これまで3社経験して、次に就職するところは4社目にあたる。人間関係がきついと耐えられないのは経験上よくわかっていた。

 

5月31日16時ごろ、ハローワークに職業相談へ出向く。前職では週5日40時間以上働いていたけど社会保険に加入していなかった。私も入社前に「そんなことが可能なのか?」と調べたけど罰則の条件に当てはまらないと思い、そのまま過ごしていた。辞める時に職業訓練に行こうと思い、説明を聞きにハローワークに行って事情を話したら、窓口の人が「それは罰則があるので」と会社の事務とやり取りしてくれて雇用保険のみ2年遡って加入手続きを取ってくれた。おかげで私は失業保険を受給できた。職業訓練から帰ってきても相談をしに行くのはその時からの担当の人だ。「短期バイトをしながら正社員を探したい」と言ったらハローワーク内の求人も紹介してくれて、違う部署だけど少し前まで一緒の職場で働いた。

 

「給与面など条件は教授が紹介してくれた会社の方が上ですね。気持ちとしては教授の方と近所の方、比べてどれくらいなんですか」「うーん、7:3ぐらいで教授の方ですかね。商品開発に力を入れているのは近所の方だと思います。でも絶対忙しいし、人間関係もキツそう。教授の方は上司はキラキラしてるけど、前職の業務内容がまるまる活かせるのはこっちなんですよね」担当の人はどちらがいいとは言わずに、私が思っていることを言語化できるよう会話の中で上手に誘導してくれた。

 

「ああめっちゃ不安です」
「不安ですよね。でもウチでもうまくやってたじゃないですか。退職のとき花までもらって。一つの職場でやっていけたら、他のところでもやっていけますよ」
柔らかい口調でそう言った担当の人は異動で、この日が窓口をしてくれる最後だった。最後に握手をして別れた。

 

5月31日17時45分ごろ、2社目にいた頃しばしば昼休みを一人で過ごした公園に立ち寄った。よく座ったベンチに腰掛けて、管理会社に電話して、退去予告をした。6月1日と2日は土日なので、管理会社に電話するなら今しかないと思った。「ではこのお電話で7月3日までに退去確定ということで。書類を送るのでサインしていただくのと、お引越しの日が決まったらまたお知らせください」電話一本でエスポワールの契約はあっさり終わった。

 

思い返せば段ボールの家具から始まって、最初はカーテンもなかったな。洗濯機と冷蔵庫はネットでタダで譲ってもらったけど、両方3年持たずに壊れてしまったっけ。30年来のクーラーは電気代が高いから、今年も熱帯夜は二つある窓を両方開けてパンイチで過ごす予定だったんだけどな、日よけの隙間からちょっぴり見える京都タワーの赤いライトを眺めながら。彼氏と一緒にご飯食べようと思ってテーブルもDIYしたけど、その前に別れが来て叶わなかったな。綺麗にしてたし「この部屋がこのマンションで一番いい」って褒めてくれたっけ。彼がくれた絵を立てかけた壁に頭をくっつけて、たくさん泣いたなあ。全部この部屋で過ごして、この部屋から起こったことだ。私の初めての城だった。大好きだった。

 

 

 

不動産会社のサイトで次の会社の近所の物件を探す。家賃相場が高くなるけどプラス1万円ぐらいで見つからないだろうか。洋室、都市ガス、贅沢言ってオートロック。敷金なし、礼金なし、共益・管理費含む。築年数が古いなら騒音が気になるから最上階で、でも5階以上はナシで。徐々に検索条件を緩めながら順番に見ていく。すると見比べていたグーグルマップで星を付けた激安スーパーの近場に、家賃3万8千円の物件が見つかった。マンションの名前はエスポワールだった。まだ登録されたばかりのようで居住中。残念ながらオートロックはないけど、他はクリアしている。週明けに不動産会社にメールを打とうと思う。私の次の生活はまたエスポワールから始まる。

 

 

 

京都の道案内と優先順位の話

今日長めの道案内をしました。ゲストハウス(店)までの行き方で、声を掛けられた所から徒歩20分ぐらいの所。よくいるwifiがない旅行者だった。店の住所のスクリーンショットを見せてもらったら、どうも駅から反対方向に歩いてしまったらしい。時間があったので、「私もその辺りに行きます」と言ったら細かく住所を見る前に「電話してくれ」と言うので店に電話をかけました。

 

店「事前にGoogleマップにピン打ったの送ってるんですけどまた送ります」

私「いやwifiないんだと思いますよ」

店「え、そうなんですかね?お客様何名の方ですか?」

私「(なんで人数を訊くんだ?)3名ですね」

店「…(沈黙20秒)」

私「あの!〇〇にいるんですけど、●●の近所ですか?」

店「えっと…(沈黙)」

 

wifiない人なんていっぱいいるじゃん、そしてどうして場所の詳細を言わないんだ…!企業秘密か…!?と思いつつ、全然話が進まないので「通話料が気になるんで!スクリーンショット見て調べます!」と言って電話切って連れて行きました。

 

送り届けて15分後ぐらいに店の人から電話がきてて、かけ直したらお礼言われた。店の人は玄関まで出てきたのでその時にもお礼言われたんだけど、その時会った時には呑み込んだ、「私から電話かけることはもうないと思いますけど、今度他の人がかけて来た時は『セブンイレブンの角を曲がって』ぐらいは言った方が親切だと思いますよ」って嫌味を言ってしまった。ちなみに店の人はペラペラ日本語話してたので日本語が不自由な人ではなかった。というか受付が外国の人でもテンプレでそれくらい言えそうな内容なのに…(・ω・)

 

でもこの人見て自分も気を付けようと思った。優先順位が何なのかの判断が出来てないよね。関係ない善意の人が電話かけてきてたら、時間を取るなら電話かけ直すか、「相手が欲しい情報は何か(この場合は道順)」を咄嗟に判断しないといけない。多分沈黙したのはその場で顧客情報の画面を出そうとしたり、メール送ろうとしてたんだろうけど、その時やることじゃないよね。

 

 

案内した人、ロシア語の画面見せてきたから「ロシアから来たのかな?」と思って訊いてみたら、イギリスから来た人だった。到着したらお礼言われてハグして名刺もらった。途中結構遠かったので「ほんとにこの道なの?」って疑われてる感あったけど、無事辿り着けて良かった。私、ジム定休日なの忘れてて行こうとしててすっぴんで、その足で買い物行った帰りで、かつ昨日にんにく食べてた最悪の状態だった…(・ω・)

 

送る途中、困ってる旅行者が他にも普通にいるんだけど、二組も助けられないので無視して歩いたらなんだか罪悪感を覚えた。普段誰も助けてない時に困ってる人見てもそんなに悪いことしてる気分にならないのに。

 

両替機とかで困ってる人は助けないと自分の順番が来ないから、自然と人助けしないといけない場面ちょくちょくあるけど、オリンピックの来年はもっと人助けの年になるんだろうか。みんなブロークンイングリッシュでいいから旅行者助けようねって誰かに言いたい気分になった。やっぱり家を通り越して20分は遠いし。じゃあやるなよって話だけど、断るのも不親切だと思うし、途中で「ここまっすぐで、その後左だよ、じゃ!」みたいなのも今回はやり辛かった。

 


最近見つけたこの団体の「旅行者を少しずつ、バトンリレーのように道案内する。地図に丸するだけでもいい」ってコンセプトは面白いなと思う。ほんとはそれくらいで良いのだ。どちらかというと英語より先に道案内に必要なのは、Googleマップスマートフォンで使いこなす力だ。私の英語だって破滅的だ。

 

あっちこっちプロジェクト
http://atchikochi.org/

 

もし誰かに道案内をバトンタッチできたら、私は最初の大通りまで案内して、まっすぐ家に帰れた。まあ、最後まで案内したからこそハグしたり名刺もらったり、感謝のサイズが大きくなったのはあるけど、バトンタッチ出来た方が健全だと思う。その方が旅行者も色んな人と話せて楽しいよね。

 


困った人2組目がいたあの場所で、大通りに出た時に「じゃ!」ってやったらその後を誰か引き受けてくれただろうか。あと一年で「じゃ!」ってやりやすい土地になるだろうか。多少はそうなってほしいなー私も出来るだけ海外の人助けるからさ。今回はちょっと嫌な思いしたけど、やっぱ気づきもあるしさ。

 

 

気持ちを伝えることを憚らせているものの正体ってなんだろう

記憶違いが混じってるかもしれないけど、20年ちょっと前にディズニーランドに行った。両親からの誕生日のプレゼント旅行だった。キャラクターの家がある「トゥーンタウン」というエリアができたばかりで、私は6歳だった。

 

ミッキーの家の脇には電話のオブジェが置いてあって、受話器を取ったりボタンを押したり自由に触る事が出来た。「あれ触りたい」と両親に言うと「触っといで」と言われたので一人で遊びに行った。先に遊んでる子が一人いて、隣で順番を待ってた。するともう二人男の子がやってきて、遊んでる子を押し退けて私より先に遊び始めた。先に遊んでた子は走って行った。

 

「順番を抜かされてしまったな」と思いながら待ってたら母親がやってきた。私が帰ってくるのが遅いから見に来たらしかった。状況を素早く理解した母親はいつもの私には出せない大きな声で「何してんの、私が先って言いなさい!」と私の手を電話まで引っ張って行った。「一緒に遊ばせてあげて」と男の子に母親が言って、私は無言で電話を触った。全然楽しくなくて、すぐに「もういい」と切り上げた。

 

母親と一緒に父親と姉の所に向かう途中、状況に圧迫されて泣き出した。それを見た父親は「なんで泣いてんの」と驚いていた。母親は今あった事を伝え終わった後「一人で行かすんじゃなかった」と吐き捨てるように言った。父親も母親も悲しそうな顔をした。

 


20年も昔の話だけど、28歳の今その状況になっても多分おんなじ選択を取るんだろうなと思う。これより最適な答えがわからない。

 

私は待ってるのに順番を抜かされるのは嫌だ。でも待たずに遊ぶってのも浅ましくて嫌だ。「待ってたんだから私が先だよ」って言うのも同じく浅ましく感じられる。でも大人しい私が他の子に負けてる状況に苛立つ母親の大きな声も嫌だ。私に楽しんでもらうために連れてきたのに泣いてしまって両親が悲しむのも嫌だ。

 

大人しく待つ事になっても今の自分は泣かないだろうけど、思い通りにならなくて腹が立つところまでは多分一緒だ。他者は自分と同じ感覚ではないのだから、自分の気持ちは言わないといけないのに。

 

 先日までシェアハウスを3ヶ月していたのだけど、同居していた子があまり家事をやらなくて私が一人でこなす場面が多かった。「お皿洗って」とか「お風呂洗って」って言えなかった。伝えるストレスが6で、自分でやるストレスが4ぐらいだった。だから後者を選ぶんだけど、4でもストレスは溜まっていく。家事だけの問題じゃなかったけど、最後の方は同居するのがほんとに嫌になってしまった。

 

6歳の私も28歳の私も、相手の気持ちを慮る事と、自分の主張を我慢する事を一緒くたにしている。それらはイコールではないのに、前者を達成しようとして後者の手段を使っている。これはきっと稚拙だ。でも、自分の気持ちを素直に伝えるのを憚らせているものの正体がよく分からない。

 

それが分かれば私の人間関係における不愉快を少しは取り除けるんだろうな。


もう20年以上ディズニーランドには行っていない。あの電話はまだあるのだろうか。もうすぐ29歳の誕生日がくる。

 

 

死んだ彼氏の話

彼は外国人でコンテンポラリーダンサーだった。実は既婚者で、私たちは不倫の関係だった。彼らは話し合い上で、『離婚』しており、奥さんとは『シェアハウス』している、というのを初対面の時に言われた。「恋愛がしたい」と。奥さんは日本人で、彼は仕事でビザが出ないので日本に滞在するには日本人の配偶者が必要だったし、奥さんは結婚してたら信頼もあるし、外国人の旦那さんがいたらバリューになる、みたいな感じ。奥さんは奥さんで彼氏がいてて、彼氏と奥さんとその彼氏で会ったこともあるらしい。私も彼氏と奥さんで一度食事に行った。ちなみに奥さんもダンサーなのでその点で彼は奥さんと家の外でも付き合いをしていた。妻や友人や同志とか、そんな日本語では表せない関係で奥さんを愛してた彼のことも大好きだった。


彼氏ができたこともほぼ人に話していなかったので、彼氏が死んだこともあまり人には話していない。私の知り合いで詳しく話をしたのは両親と姉、ナースをしている小学校からの友人一人、大学時代の同期一人。あと、彼の職場に乗り込んで情報を共有した。プラス、彼と共同制作していた人と、彼の実家まで行ってテキサスの家族と。これは彼の弟がメモリアルサービスっていう向こうの文化で故人を偲ぶ会みたいなのをやるというのをフェイスブックに書いてて、「私も行って良いですか?」って訊いたら「もちろんおいでよ」と言ってもらえたので行ってきた。英語できないけどグーグル翻訳を嚙まして会話した。彼のお母さんとメールアドレスを交換して、いまメル友みたいになってる。彼の子供の頃の写真とか送ってくれる。すごく可愛くて、幸せそうで、泣ける。


どうしようもないことなんだろうけど、このトピックについて話すと何かしらチクっと刺さることを言われてしまう。予想してたけど父親は結構ひどかった。父親のいとこも自死していて、「俺も経験してるから」ってドヤ顔されたり、新興宗教を信仰しているので「自殺はいけないことだ」という話が始まったり。「話さない方がいいかな」というのももちろん考えたけれど、私の人生におけるとても大きな出来事であることには疑いの余地がなかったので実家まで出向いて話してきた。私たちの間で不倫という感覚はゼロだったけれど、不倫の事実には変わりない。これに対しては責められなかったのでほっとした。


言われてチクっとくるのは「働いてるんだったら気がまぎれるだろ」「結婚してなかったんならまだマシでしょう」「どうしてテキサスまで行くの?向こうの家族が迷惑じゃないの」「彼と奥さんは普通に夫婦だったけど(お前は体だけの関係だろう?)」とか。あと、共同制作者の女性に今度会うのだけど、「彼女の作品の鑑賞をする」というお誘いをもらっていて、ちょっと何だかなあとなっている。多分お金払う形式で、鑑賞というか参加する形。彼氏がこの人に私たちの関係をどう話していたかはわからないのだけど、マウンティングされているような気がしてしまう。


彼が私にこの人との作品作りのことを嬉しそうに話すので、彼が彼女を信頼しているのはとてもよくわかっていた。だからどうしても接触したくて、彼と彼女の作品を所持してるアート系の施設まで行ってデータもらいに行って、そこで彼女の連絡先を手に入れた。それでコンタクトを取ることができた。ウィキペディアの項目があるような方なので、私みたいな一般人が会いたいって言ってくることに対して警戒されているのだろうか。


私は彼の死を共有できる人が欲しかった。彼の話をすることで会いたい気持ちを少しでも埋めようとしていた。彼の職場に乗り込んだのも、テキサスに行ったのも、アート系の施設まで行ったのも。でも、彼と私の親密具合を知っているのは彼と私だけだ。他の人から見たら私が悲しんでいるところは奇妙に映るんだろう。そもそも彼女かどうかも怪しい女な訳だし。彼は白人で4ヶ国語話せて仕事ができてワールドワイドに活躍するダンサーで世界各国に友人がいる。そんな彼が仲よさそうに見える奥さんをほっぽってこのブスな一般人と付き合ってる訳ないだろ、みたいな見方の方が自然だ。


もうすぐ共同制作者の人との約束の日がやってくる。それに向けて1000ページぐらいの長い小説を読んでて、気が滅入る。参加する前から「また嫌なこと言われるんだろうな」って思ってるけど、ここで引くのは何か違う気がする。彼に会いたい。

 

 

 

彼氏が死んだ

去年の12月に彼氏が亡くなりました。
ちなみに前書いたTinderの記事で出てきてた方ではなく、
一つ前の記事に出てきた「こないだ一緒にご飯食べた人」です。
亡くなったのは2週間くらい前の話なのだけど、自分の中で感情がぐるぐる変わっていくので、変化の記録をちょっとつけておこうと思います。


第一報は警察からの電話。どうも携帯は押収されて調べられるみたいで、最後の発信履歴が私の番号で電話をかけてきたらしい。「彼が自宅で亡くなった」という内容を伝えられ、私の住所や生年月日、彼との関係、勤め先などを訊かれました。


13時に警察で面会ができて。
その日の17時から彼と会う約束を前々日に電話でしていて、
引く話だけど、実感がなくて彼の顔を見れたことが嬉しかった。
でも事実が公然と目の前にあって、否定のしようがなかった。
警察の人の前だと面識のない人のせいかわんわん泣けた。


その日から3日間ぐらいは仕事中も泣けて仕方がなかった。
いま上司が妊娠初期で一人で店を回す日が多くて、お客さんもそんなに入ってこないし、有難かった。


面会の翌日の仕事中、一瞬彼の匂いがした気がして、その後もクレジットの暗証番号打つ機器が動かなくなったり、トイレのドアが内側からなぜか閉まったりして、「これは彼が来ているのでは」と思ってひたすら彼に話しかけながら仕事した。伝えたいことがたくさんあったし、伝わっている気がした。会話できているような楽しさと、もう会話できない悲しさが同居していた。彼と話していない時は「防げたんじゃないのか」って後悔と反省と、自分のレベルの低さに辟易した。


そして葬儀まで数日あったので、ありったけの想いを手紙に書いて棺に入れられた。


ここ数日、悲しみが収まってきた後の変化は、死ぬのが怖くなくなったこと。
「死んだら彼に会える」みたいな楽しみができた。


私は死んでないけど、大きな区切りがこないだ終わって、これからの人生は長めのボーナストラックのような、そんな感じ。ちょっと前まで「これからどうやって生きていったらいいんだ…」みたいな悩みがあったはずなんだけど、「生きていなければ」みたいな執着が薄れてなんだか楽観的になった。やりたいことをやって終わっていったらいいんだ、という気持ちになっていってる。


私は今27歳なので、大体あと60年ぐらい人生があるとする。
60年って1年が60回。最近どんどん自分の中で1年が短くなってるし、これからどんどん短くなると思う。つまり、1年×60回ってそんな長くないんじゃん?(・ω・)みたいな気持ちになってきている。母方の祖母は58歳で亡くなったし、そしたらあと約30回だ。


私の周りの人たちも親しい人間が死んだ経験がある人は多いと思いので、みんなボーナストラックを生きているのか、と思うと世の中はそんなに重たくないような気がして楽になる。


でもこんなに「死の受容」みたいなものが進んでいるような感じなのに、寝て起きた直後なんかにふと、彼の今後がもう見られないこと、これから自分がやることに彼の存在がないこと、今生ではもう彼に会えないことに絶望感を覚える。会いたい気持ちが溜まってきて、普段牛乳石鹸で済ませるのに、彼が使ってたLUSHのソープとか買ってみたりしてる。最後に会った12月のある日にほむらちゃんみたいに戻りたくなる。


もう彼のような人には会えないんだろうな、と思う気持ちも強くある。
私が彼のことを好きな気持ちより、彼が私のことを好きな気持ちの方が上だった。日本語が話せる外国人でアートとか表現の会話が面白い人で、そういう会話の度、文化水準で勝てないことを思い知らされて、誰も指摘しない豊かなことを教えてくれた。ストイックで作品のために断食したり、優しくて私のこと何も悪く言わない、そんな人だった。


次に付き合う人はこのハードルを越えないと面白くないんだろうな、と漠然と思う。
バーを上げ過ぎてしまった。これがボーナストラックなのか…(・ω・)走れるんだろうか。
上に書いたように走らなくても歩けばいいんだけどさ。

 

そんな矛盾した感想を抱いた今回の件でした。
ちなみにTinderで知り合いました。Tinderさまさまです。笑
ラストはこんなだったけど、去年はほんとうに豊かな一年だった。初めての彼氏だった。
今年は最後の最後まで素晴らしい一年にしたい。

 

 

 

東京に興味がある

いま東京に来ています。こっちにある雑貨屋さんが私がつくってるポストカードを置いてくれることになって、挨拶にきました。結構大きなスペースで置いてくれてた。ありがたや…(・ω・)


さっきgooglemapで距離検索してたら、東京は所要時間にUberが表示されるんですね。すごい。外国にしかいないイメージだった。そうか…(・ω・)


標題の件ですが、前の職場にいるとき位から東京に興味が出てきました。就活してるときは働く所はどこでもいいと思っていて、北海道の求人に応募したりしてました(お祈りの文言に「わざわざ京都からありがとうございます」って書かれたりする…)。


ほんとは今の仕事辞めて東京で仕事探してもいいんだろうけど、上京するタイミングを逃してしまった感じがしてる。


というのはここ一年簡単な仕事もミスが多発していて「そもそも私は仕事をこなすことが出来ないんじゃないのか?」ってところから動けないでいるから。


前の会社で人間関係でイライラすることがあって仕事辞めたときから「どこかに雇われてお給料もらうっていうのが自分は出来ないんじゃないのか」って思い始めた。お客さんとか上司に従順に働くことがむつかしい。人間関係の悩みなんてどこの職場にいってもついて回るのにね。


でも前の職場では仕事はこなせてた。仕事はこなせるけど、アトピーが酷くなって医者代を払ったり、物に当たってiPhone投げて壊したりしていた。賃金を得るために身体壊したりお金払ってて、やっぱりそれは本末転倒だと思う。


でも今の職場で緊張の糸が緩みまくった状態だと仕事が出来ない。その代わり身体を壊さないし医者代と修理代はない。


仕事できないのは例えばメンタル的な問題から来ていて、投薬とかで治療できるものなのかな?と思って色々調べてみたけど、あまり期待できなさそう。


実は前々職のときに仕事が難しくて出来なくて、発達障害持ってんのかな、と思って心療内科で検査したことがある。診断は出なかった。今回も地域のサービスを利用してお医者さんに診てもらったけど、症状を話したら別に病院を受診する程でもないという旨の回答だった(「友達に相談してみたら」と言われた。友達て…(・ω・))。


「メンタルがやられてて正常ではない」という線がないのなら、仕事出来ない今の状態が本来の自分なのでは?(・ω・)とやはり考える。


先月今の職場で働き始めて1年経って、あまり働けてない状況は変わってないなーと感じてる。こないだも店の鍵を閉め忘れてしまってセコムの人が来てしまい、社長に謝りに行った。お客さんに対しての請求額もたまに間違えてる。働いてない方が店の損失がないんじゃ?(・ω・)としばしば思う。


自分ってこんなに色んなことが出来なかったんだなーって思う。そして前も書いたけど、欲求のピラミッドの下から2番目の安全欲求がまだ埋まってないような感じに繋がってる。


作品をたまにつくってるのは制作が楽しいのもあるけど、やっぱ経済に繋がったらいいなって思っているから。でもやる気がそこまでではないから積極的につくったり売り込んだりしてない。


もっと言うと、ほんとは作品じゃなくてもいいんだなーと最近気づいた。ピラミッドの下から2番目が埋められるなら多分、作品制作でなくてもよい。でもそんなものあるんだろうか。

 

 

(・ω・)

 


東京に興味があるのは人口が多い経済の中心だから、もしかしたら私がつくってる作品にもニッチなニーズがあるかも、とか、作品制作でなくとも安全欲求を埋める方法の糸口があるんじゃないかと思っているから(夢想だけど)。


いまマクドナルドでこの文打ってるのだけど、さっき床に足をバンバンやってる子供がお母さんに「静かにしなさい、仕事してる人もいるんだから」って注意されてて驚いた。京都でそんな表現を聞くことができるだろうか…(・ω・)いやノマドしてる人はいるけど、そこまで浸透してるだろうか。あとこの店電源も多い。渋谷とか新宿じゃないのに…(・ω・)

 

そんな感じで地方から出てくるとUberとかマクドナルドでも文明とか経済とか文化の差を感じる。とても興味深い。


今回の東京旅行の目的は挨拶と、もう一つあって貸しギャラリーを探すこと。東京で個展でもしてみようかなーと思ってまわってみることにしました。京都で個展やってる訳でもないのにね。笑

 

 


(・ω・)

 

 


最近、周りの人間が結婚し始めて「みんなすごいなー」と感心する。働くとか結婚するとか、どうして「一般にそうするべき」みたいにされてることこなしたり、こなそうと思えるのだろう。


とか思っていたら、先日田舎で染物をしながら生活している78歳の独身の女性に会う機会がありました。まるで今の私のロールモデルのようだった。その方も私が自分に似ているように見えたのか「やりたい事も大事だけど、子孫残しなよ、すぐおばあちゃんになるから」と諭されたりした。「一般のそれ」をしなかった人の言葉は重かった。


「一般のそれ」をしなくても自分が一番いいと思う事を貫けるのはほんとに尊いんだけどね。なかなか素直に思えないよね。そんなところだけ社会性があるのね。笑 他者に認められたい欲求というより、自分との折り合いの問題なんだろうな。

 

 

 


こないだ一緒にご飯食べた人が「普通に生きれたらいいけど、出来ないから」って言ってた。

 

 

 

みんな勉強したりパソコン持ち込んで作業してる。えらいなー(・ω・)私は宿に帰るよ。